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靖国神社 ~「靖国 YASUKUNI」に寄せて~

靖国という言葉を、何かと耳にすることが多いですね、
例年なら、あと数ヶ月、あとのことですが。

まず、「靖国 YASUKUNI」に関しての、一連の騒ぎの根本は
一部の国会議員が、試写会を望んだということが、
最も大きな問題かと、思っています。

映画が一般的に上映に相応しいかどうかを審査する機関は、すでにあり、
機能を果たしていると思います。
その上で、国会議員という国民から主権をゆだねられている人たちが
別途、試写会を要求することで、その映画に対して、大きな問題がある
と、捉えられても致し方がない、と思います。
具体的には、「靖国 YASUKUNI」が上演に相応しくないという
ハンコを押したに等しく、当然、表現の自由に、かかわる判断をして
しまったということであって、その事に果たして、
その重責を感じて、国会議員の方々は試写会を要求したかに、
大きな疑問があるからです。

さて、靖国神社も、公式に抗議をしたと聞きましたが、
私は、その姿勢に、大きな疑問をもちます。

最初に、書きますが首相を始め、国会議員が靖国神社に参拝すること、
そのものには、私は異論はありません。

靖国神社のことを語るにあたって一番大切にしなければならないことは、
亡くなった、多くの方々の気持ちだと思います。
すでに彼らから、何かを聞き出すことは不可能ですが、
「靖国で会おう」が、例えプロパガンダとしても、現実に、その言葉が
最後の言葉になった方々いるという事実から、靖国神社は、存続して
いなければならないと思います。
また、生き残れた方々、そこから、今日まで生まれてきた人たちは、
わずか60年前のことに、無責任であってはならないと思えば、
死者の最後の言葉を、無視出来ないと思います。

ただ、中国の方々、朝鮮半島の方々など「靖国で会おう」という言葉が、
死者を大事にすることとは思えない方々もいます。

戦死者の合祀から、戦犯だけをはずすことは出来ないといってきた、
靖国神社ですが、その成り立ちが、旧帝国海軍にあることを思えば、
戦争に関与したという認識は、持って頂きたく、具体的には、
靖国神社に祀られることを望まない遺族の申し出には、答える責任が
あると思います。
良くも悪くも、神道は、縛りの緩い宗教と考えますので、
特別に、軍神から、ひとりの人間の魂にもどる儀式を考える余地は
あるはずです。

それが出来れば、何も、無理やりに、あらたな慰霊の建物を造らずとも、
「靖国で会おう」を守ることが戦死者への慰霊と考える方々は、
折りにふれ、参拝されればいいし、そうは思えない方々は、
魂を、戻してもらい、最も相応しい場所に、帰されればいいと思います。

そして、国会議員の方々は、公務優先で、誰から見ても、その方の休日
という日に参拝すればいいかと思います。
ただ、首相や大臣は、警護の問題がありますから、8月15日の参拝が
無理であったり、前後のスケジュールを考えると、公用車で靖国神社に
行かなければならないこともあるでしょう。その点は致し方がないと
私は思います。

以上の観点にたてば、靖国神社は、やはり特殊な神社であり、
簡単に「靖国 YASUKUNI」に抗議するというのは軽率だと思います。
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2008年04月13日 考える トラックバック:0 コメント:0












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