スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日 スポンサー広告 トラックバック:- コメント:-

日本語の怖さ

マスコミは、何か新しいことが起きると、そのことを端的に表す為に
新しい言葉を作ります。

道路族、ねじれ国会、格差社会、○○偽装、などなど

報道する側には、それを見聞きする人たちのために、
わかりやすく伝えるという義務はあるかと思います。
しかし、新しい言葉を作ることの怖さも知って頂きたい。

例えば、『ねじれ国会』
元来2院政の日本では、衆議院の与党と参議院の与党が違って当然です。
物事は多面的、人の生き方も多面的、このことを反映させて国家運営に
あたる為に、存在する2院政かと、私は思っています。
しかし、いったん『ねじれ国会』と名付けると、あたかも異例の状態に
感じるから不思議です。

例えば、米国では、下院、上院の与党が異なり、大統領選の年という
こともあって、ブッシュ大統領は、綱渡り状態です。

このことを
「下院、上院での、意見の食い違い、大統領選への影響を考えれば、
大統領は、苦渋の選択を迫られています」と書くのと

「ねじれ国会に揮発油税、福田首相の力量が試されています」では、

似た状態にある2者なのに、ブッシュ氏は困難な立場にいる、とだけ
福田氏は、異例の状況に追い込まれたと、とられる可能性は高いです。

『道路族』というくくりかたも、問題があります。
利権を元に国会議員となり、その後も、その利権を維持するという
国会議員がやってはいけないことをやっている人たちを
『道路族』と呼んで、その存在を認めていいのでしょうか?
『道路権益に依存する国民の幸福に寄与しない違法性のある国会議員』
と、長くはなりますが、「違法な存在」と注釈を添えなければ、
やがて、そういう国会議員も、いるのかと、受け流す国民も出てきます。

逆のこともあります。『暴走族』がいい例です。
私は、オートバイに乗りますが、それだけで、道交法を守らない人と
決めつけられた経験があります。無論、その認識は間違っています。
例えば、モータースポーツとして二輪車に乗ることは、欧州では、
時には、貴族的な扱いを受けます。そして世界チャンピオンとなった
日本人も大勢いらしゃいますが、
『暴走族』という言葉が邪魔をするのか、報道されることは少ないです。

言葉を作るということは、起きていること、変化していることを
一点からの視点で固定化するという、危険が伴うことを
言葉を扱うプロである、マスコミのみなさんには自覚して頂きたいと
切に願います。
スポンサーサイト

2008年03月28日 拝啓 トラックバック:0 コメント:0












管理者にだけ公開する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。