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話し合う

昨日は、初日ということと、北朝鮮の核問題が重なって、
ついつい、具体的な問題ばかり、書きすぎました。

今日は、少し抽象的なことを書きます。
話し合いが平行線のまま、結論を見ないか、どちらかが、折れて
折れてもらった方の意見が通る。
こんなことが、友人同士、夫婦、会社、そして政治の世界でも多いですよね。

こうなる理由は、とても簡単で、話し合うと言いながらも、
実は、両者とも、いかに自分の意見を通すかという事しか頭にないまま話し合いを始めるからです。

話し合いが必要となる、単純な例として、
ある目標がある。それに達するには二人の人間が必要である
しかし、各自が考える目標への道筋が異なるという場合を考えてみましょう。

先に述べたように、いかにして自分の意見を通すかの為に努力するなら、
話し合うより、自分と意見が同じ人を捜して、行動に移る方が合理的です。

何らかの理由で、意見の異なる人と一緒に行動するのなら、
どちらの意見を通すかという、話し合いという名の喧嘩をするべきでは無い、
何故なら、結論が出た後には、目標までの道程があり、
その間、常に喧嘩再発の危機管理をするという、無駄な努力が必要で、
もし、危機管理に失敗したら、目標には達しない。

さて、では、話し合うということを、どう規定すれば良いのかといえば、
個々の意見以外の結論も受け入れることは言うまでもなく、
もっと進んで、第3、第4の道程も模索する、努力をするという事です。

奇跡的にも、同じ目標を目指す人と会えたのだから、
二人分の思考力を使わない手はない。

こんな単純なことすら、出来ない人が多いと感じます。
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2006年10月15日 出来ること トラックバック:0 コメント:0












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