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みなさん、これ以上、沖縄のみなさんへ迷惑をかけるのは止めましょう。

このところ、政治、経済、国際問題が、次々と起こり、忘れらていますが、

「文科省は「集団自決」に関して今回から、「日本軍による強制または命令は断定できない」との立場で検定意見を付することを決定。」

このことに、沖縄の人々が怒り、悲しんだことは、一過性の問題ではありません。
沖縄は、元々は、ご存じのように、琉球王朝という国家でした。
その国のあり方に、口を挟み、実際に彼らの生き方を変えたのは、日本人です。
そのことは、良いこともあったでしょうが、今現在振り返れば、
日本人が等しく受けなければならなかった困難を、一手に引き受けたと言えます。

太平洋戦争で、沖縄が日本攻略の要として、連合国からの攻撃を集中的に受けたことは
地形的には、致し方がなかったと言えますが、予め予想された、その攻撃に、
日本軍は、そして日本人は、どう対処したのでしょうか?

最近話題となった映画の舞台となった硫黄島は、東京への爆撃拠点として、
連合国には必要であり、逆に言えば、日本軍は、首都東京を守れなくなる、
という認識の元、島民を避難させ、島ごと、要塞とし、守備隊が帰国することを禁じました。

それに比べ、沖縄には、確かに軍艦大和を代表する、「特攻隊」が投入されましたが、
そこで、沖縄島民に、避難勧告はなく、逆に、共に戦えと教えました。

結果的に、多くの島民が亡くなり、しかも日本軍は敗走し、米軍占領後に、逃げ遅れた
日本軍が、不条理にも、連合国に収容された島民を殺した事実もあります。

ここまで、踏みにじられた沖縄の人々は、その後の米軍統治下で、
「朝鮮特需」で浮かれる本土とは、逆に、更に苦しんだのです。
そんな中、沖縄の人々は、本土復帰が、生活の改善の方策と考え、努力しました。
確かに本土復帰はしましたが、全くの言葉だけの復帰であり、米軍に極東の浮沈空母として
沖縄を差し出したのです。

「日本」の一部となって依頼、沖縄に、何か良いことを「日本」はもたらしましたか?
僕は残念ながら、「Yes」とは言えません。
その上、歴史まで、改ざんされようとしている。
こんな状況で言えることは、沖縄の皆さん、これ以上、本土の犠牲になる必要はありません。
全ての基地を無くし、この60年間、日本国が与えた苦痛への代償を要求しましょう。
そして、本土にいる我々は、そのことへの最大限の努力をしましょう。
沖縄の皆さんの意志が「琉球王国」の復活なら、それも、応援し、
基幹産業のない、沖縄に、経済的な支援もしていきます。
どうか、もう我慢はしないで下さい。そして、本土で暮らす皆さん、
沖縄が、担ってくれた、今日の社会の獲得への犠牲を直視し、感謝の意を表し
沖縄が暮らしやすい、少なくとも、本土と同じ環境を得る努力をしましょう。


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2007年10月11日 政治 トラックバック:0 コメント:0












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