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誤解しないで下さい

SANSPO.COMがアフガニスタンの首都カブールの警察本部前で17日朝(日本時間同日午後)爆弾テロに、NPO法人「Like Water Press」の関係者2名が巻き込まれ、怪我を負ったと報道しました。
このことからすぐに思い出されるのは、イラクでの邦人誘拐事件です。「自己責任」という言葉が飛び交い、心の傷をおった方が出ました。同じことが起きて欲しくないと思います。

とても微妙なことなので、誤解を受けることも承知で書きますが、僕は自分の命を賭しても、大事な事を持つことは、許されることだと考えています。
イラクの時に盛んに言われた、自己責任の取れる範囲という、限定無しに、そう思います。
何故なら、誰しも、他者との関係を、何らかの形で持ちますよね。その関係の維持と、相反することを選ぶことが許されないなら、その人の人生は、他者から規定されてしまう。この事は、人を不幸にする要因かと思います。だから、今ある関係性を失う権利が、誰にもあるということです。
単純に、その延長として、「命を賭する」権利があるのだと思います。

イラクでの邦人誘拐事件でも、「税金を個人の無謀な行動に使うのはいかがなものか?」という意見が多く聞かれましたが、日本国国民である前に、我々は、人間です。だから、命を失うかもしれないイラクという場所で、行動することは許されるべきで、それが違法性を持たなければ、日本という国家は、国民を守らなければなりません。単純なことだと思います。
死を意識していない場所、例えば、電車の中でも、命を失うことはあります。その死を国家は無視しないし、その人を知らない人でも、その死に何らかの不条理を感じ、何らかの対策を求めますよね。
電車に乗って、会社にいく理由は様々でしょう?「自分のスキルアップ」「家族のため」「仕事への誇り」それらと同じで、アフガニスタンに、自分がやりたいことがあったから、事件に巻き込まれた二人も、そこにいた。ただ、それだけです。
彼らを責める理由は無いと考えますし、国家が「渡航の自粛」までは言っても、安易に「渡航禁止」とするべきでは無いと思いますし、適応できる法律があるなら、国家は、彼らの健康回復への手だてをとるべきです。
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2007年06月18日 出来ること トラックバック:0 コメント:0












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