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“人は慣れるものです“ ~即身成仏~

昔々、家族が集まってテレビを見ていた時代。
キスシーンなどがあると、一瞬にして空気が固まったようになりました、
しかし、長くは続かず、コマーシャルに反応して、父親がひと事言うと
その空気は溶けました。

今回の事件、年金欲しさで死亡届をださなかったのでは?という疑いが
あるようですが意外と計画性のないものではないでしょうか?
孫の言う通り「即身成仏」に成りたかった祖父。
ご飯の時間になっても食卓にあらわれない祖父を孫が気遣って
「おじいちゃん、呼んだほうがよくない?」と聞くと、母親が
「いいのよ、好きにさせれば、お腹がすけば出てくるわよ」
という会話が、数日、続く。しかし、祖父はあらわれない。
孫が「やっぱり心配だよ」といい母親が「じゃ、私がいくわよ」
と祖父の部屋にいくと、扉は動くが何かが邪魔して開かない。
食卓に戻った母親は「中になんか置いてんのよ、扉があかないの
好きにさせればいいわ」と少しいらついた言葉を投げかける。
食卓の空気は、一瞬固まるが、父親が見ていた、野球で
ホームランがでて「おっ、今日は勝てそうだな」で日常へ。
孫も、孫なりに忙しくなり、祖父のことは、心の隅へ追いやられる。
母親も、誰もいない時間に祖父の部屋に行くが、扉は開かないし、
声をかけても返事はない。母親は“日頃から頑なひとだから…”と
心でつぶやく。
気がつけば、1ヶ月はあっというま、2ヶ月、3ヶ月と過ぎるが、
異臭がするわけでもなく(←これは私の憶測です)いつのまにか話題に
しないことが、ルールーのようになり、そのルールも半年もすれば
そのルールごと、皆忘れてしまう。

母親は、テレビで都内最長寿などとニュースでみたかもしれないが、
祖父がいない日常が、そのニュースを忘れさせる。

役所から人が来る。とっさに“今更、年金返せって言われても、新車を買うのにつかっちゃたわよ”と愚痴を心でつぶやき、役人には
「会いたくないと、言ってます。ご心配はありがたいんですが、
頑な人で、私たちも神経つかうほどなんです。表彰も、私はありがたい
と思いますが、父は派手なことが嫌いですから、お断りすると思います。
折りをみて話しておきますから今日のところはお引き取り願えますか?」
役人は帰るしか無い。
その晩、母親は、夫に昼間の出来事を話す。夫は怒ったように
「何だよ表彰って、ありがた迷惑だな、だいたい、じいさんが
自分で部屋から出てこないんだ、こっちに言われてもな…
なぁ、あれから何年経つ、10年か?もっとか?」
母親は「覚えてないわよ」
夫は「年金、使っちまったんだろ」
母親「他人ごとみたいに、あなたが新車が欲しいっていうから…」
夫「俺のせいにするなよ、お前だって賛成したじゃないか…」
話題はすり替わる。

人は、どんなことにも慣れてしまうものです。
例え、死、でも。
年金の不正流用は、違法ですが、人の心の残酷さを浮き彫りにした
事件ではないでしょうか?
この事件こそ、裁判員制度で裁き、平和に生きている人たちが
どこまで自分のなかにある残酷さを、さらけ出して話し合うか
そこが注目点です。




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2010年07月30日 考える トラックバック:0 コメント:0












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