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死は何も解決しない ~被告の望みが叶う~

水戸地裁で、死刑判決となった「茨城・土浦の9人殺傷事件」で
弁護士が即日控訴。しかし被告:金川被告の意志で、
控訴取り下げとなりました。
1月5日午前0時までに控訴しないと、死刑確定です。

『金川被告は25日に水戸拘置支所で毎日新聞記者に面会し、
判決について「別に何も思わないが死刑は正しい」と感想を話した。
一方で「『世の中に善悪は存在しない』などという被告の信念は浅はか」
という判決の指摘には「解釈の仕方がおかしい」と不機嫌そうに語った』
(毎日新聞より引用)

彼は現実が見えていないと思います。
「別に何も思わないが死刑は正しい」を額面通りにとれば
自分のやったことではなく、他人事と勘違いしています。

また「殺されること」も受け止めていません。
『「解釈の仕方がおかしい」と不機嫌そうに語った。』
なんてまるで、自分が殺されることを、
リセット可能なゲームの世界での出来事にしかとらえていない。

この控訴取り下げで、一番苦しむのは、被害にあわれた方々の
ご親族や、ご友人です。
もちろん「極刑」を望んでいらっしゃるでしょうが、
何の反省も無く、「人を殺した事」から目を背けているまま死刑になる。
長い目でみて「何故、やったんだ」という気持ちが生まれると思います。

よく「被害者や関係者の気持ちを考えれば、死刑制度は必要」
と大多数の方が、世論調査などで答えています。

一時的に、気持ちは晴れても、いずれ
「何で、大怪我を負ったんだ、わからない」という気持ちに
なられる方も少なくはないと思います。
私の記憶では後遺症の残る、大怪我を負った方もいらしゃいます。
不自由な事が起きる度に
「あいつは死刑になったんだ、こんな不自由なんて何ともない」
とは思われないでしょう。どうしても「何故?」はつきまといます。

しかし【死人に口なし】です。それでいいんでしょうか?
私は、近しい者が、被害者になっても「死刑かこれで解決!」
とは思わないと考えます。
「何故、やったんだ」を聞きたいと思うからです。

ここから先は偽善的に聞こえることを書きますが
事実だと考えます。

前半で書いたとおり、金川被告は、何もわかっていない、
「殺されること」も受け止めていない。
このまま死刑にしても、事実が闇に消え去るだけです。
犯人は、自分がやったことを直視し、反省することが
社会にとって、有益です。
金川被告は、そうではなく、今現在の心境では
「さっさとやって、楽だから」でしょう。
何しろ動機が「死にたいので死刑が簡単と考えて犯行におよんだ」
ですから、本人の意志のままです。

生きること、死ぬこと、を直視出来ない社会になっている、日本は
養老孟司氏は『バカの壁』で書かれています。

養老孟司氏が、お書きになったことが事実なら、
この「死刑、スピード判決、しかも本人の希望通り」が
実現すれば、第2、第3の金川被告がでます。

今回のことを機会に、死刑、止めませんか。
【死は何も解決しない】
本当に、そう思います。





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2009年12月29日 考える トラックバック:0 コメント:0












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