スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日 スポンサー広告 トラックバック:- コメント:-

取り返しのつかないことをしました

お詫びの言葉の、枕詞のように、
「取り返しのつかないことをしました」って、よくいいますよね。

逆に言えば、取り返しのつかないことは、
詫びるに値するということかと考えます。

単純に、この法則を当てはめて、いろんな問題を考え直す、
そんな「夢」のようなことをする意味はあると考えます。

死刑
現場の捜査、立件の為の捜査、地裁、高裁、最高裁という制度、
どの段階でも、ミスはおきます。
「取り返しのつかないことをしました」となった判決は多々あります。
それなら、死刑は止めるべきではないでしょうか?
殺してしまってからでは「取り返しのつかないことをしました」
は、意味がありません。


医療事故
医療裁判が、昔より、ある意味、公正に、扱われるようになった、
そこで、リスクの高い、産科医、小児科医を目指す医師が減った
しかし、人は、ミスをします。だったら
「取り返しのつかないことをしました」と言わせる為に
医師や臨床に関わる方々を責める前に、
ミスが起きたら、同じミスが起きないように、
医療事故の報告を義務づける方が、
「取り返しのつかないことをしました」という事例は減りませんか?

飲酒運転
飲酒すれば、誰でも、正常な判断が出来なくなります。
無論、その判断基準は、個人差が激しいけれど、おきない人はいない
だったら、道交法を厳しくしたり、社会のモラルに訴えるより
飲酒した人が運転席にいれば、エンジンが、かからない機械が、
すでに、存在するのだから、その機械装備を義務化したほうが
「取り返しのつかないことをしました」っていう事が減りませんか?

原子力発電所
実用的な原子力発電が始まって40年ほど経ちますが、当初の予想より
予期せぬ事故は増えています。また、耐用年数を超えた原子力発電所を安全に
解体する方法も決まっていない、結局は「原子力」という、
今の化学では、完全にコントロール出来ないエネルギーを
「原子力発電所で作る電気の量が全体の3割、4割となったので、
もう、引き返せないんです」と言い張って、新しい原子力発電所を作るより
節電や他の発電方法の研究に金と時間をかけたほうが
「取り返しのつかないことをしました」っていうことは減りませんか?

戦争
第1次世界大戦以降、ひとつの戦争が終わっても、その影響で、
次の戦争が始まる。しかも、開戦した何らかの理由が、完全に
解決した事例は無い。そして、戦死者は、増えていく。
これは、明らかに「取り返しのつかないことをしました」
ですよね、だったら、戦争はしないと、みんなが決めたら
「取り返しのつかないことをしました」って言わなくて済みます。

政治
国民の幸せの為に、議会は存在します。そこで決まったことで、
「取り返しのつかないことをしました」ってこと、沢山あります。
だったら「政策」だの「政権」だの、言ってるエネルギーを
議会で話し合う力に回して下さい。
年金をキチンと納めてきたのに、正当な金額をもらえていない
国民がいる。そして、そのまま、死んでいく国民がいる。
これも「取り返しのつかないことをしました」ですよね
まず、どこかの党員である前に、国会議員をやって下さい。

軍隊
いままで、私が書いてきたように、軍隊は「人を平気で殺す」人間を
育成する、洗脳機関です。現に、各国の軍人、元軍人が
精神を病んだり、結果的に犯罪に関わったりする。
洗脳って「取り返しのつかないことをしました」ですよね、
自衛隊も含めて、軍隊は、無くしませんか。

食べる
人は、食べなければ生きていけない、理由は何であれ、世界の天候が
大きく変化している。当然、今まで作ってきた農作物が作れない
地域が増える。だったら、自給率にこだわったり、農業という産業を
守る為に、外交の駆け引きやってると、多くの人が飢えて死にます。
「取り返しのつかないことをしました」ですよね、
だったら、地球規模で農作技術の交流を深め、
人類全体が飢えないで済む、方策を練りませんか。

地球温暖化
私は、温暖化ガスが増えたから、地球が暑くなっていると単純には
思えませんが、海面が上昇していることは事実です。
単なる「島」である日本は、気候変動への対策を取ると同時に
どんな堤防が必要になるのか、港の施設の改修をしないと
船が着岸して、日本が必要とするものが、今まで通り、船から降ろせる。
また、日本で作った製品を、積み込める、こういう問題に具体的に
取り組み始めないと「取り返しのつかないことをしました」
になりませんか?

病気・怪我
人は、病気と、怪我とは、縁が切れません。今まで、救急車が
たらい回しにあって、何人の人が死にました?
何人の医師が過労死しました?
「取り返しのつかないことをしました」は、聞き飽きました。

老いる
人は老いていきます、この事を肯定しないと「姥捨て山」を
作るしかないです。死ぬまで人間は人間です。
「老いる」ことへの対策は、時間との勝負です。
「取り返しのつかないことをしました」の前に、
出来ることは、たくさん、あると思います。




スポンサーサイト

2009年08月24日 出来ること トラックバック:0 コメント:0

総選挙 ~いまいち…~

自民党以外の党で、総理となった、村山富市氏の言葉に
「政権は変わっても、政治は変わらない」
という、ひとことが、あります。

これだけ、政治に関心のある私ですが、今回の、衆議院選挙には
全く、興味がわきません。前記、村山氏の言葉と同じ心境だからです。

長寿番組の筆頭「水戸黄門」では、
真摯に生きる貧乏人、小悪人、悪徳商人、悪代官は、かかせません。

今回の選挙では、小悪人、悪徳商人、悪代官の役を入れ替えるだけで、
俳優は入れ替えないと言う、何ともつまらない番組改編だと思うのです。

小悪人:民主党
悪徳商人:高級官僚
悪代官:自民党

この配役を入れ替えたところで、何がかわりますか?
真摯に生きる貧乏人は、救われませんよね、
あいにく、今の世の中には、水戸黄門はいません。

NHK紅白歌合戦が、演出を変えても視聴率があがらないのと同じです。

恐ろしく素人の夢物語かと思いますが、民間の会社では、
会社の中に、営業課、庶務課、総務課、人事課など、など
何を売って利益を出す会社にしろ、全体で、収益をあげているわけです。

では霞ヶ関も、各省庁にわけず「行政」という会社のような組織にして、
道路課、銀行課、外交課、などに分けて、「行政」での役人の人事は
人事課が管理、給与や経費は、経理課が、一括で管理する
そうなれば、外交課が持ってきた、
タクシーの領収書を経理課がチェックして
「この、一週間、毎日タクシーで帰ってるけど、残業は必要なの?」
外交課が「ほら、サミット近いしさ、大変なんだよ」
経理課が、人事課に問い合わせると、出勤時間が、
午後になっていることが判明
経理課が「ちゃんと9時から、働けば、残業しないでいいんじゃないの!
このタクシー代は認めません!」っていかないですかね。

この酷暑で、脳がおかしくなっているかもかも知れませんが、
これくらい、大胆な事を考えて行かないと、
民主党に「埋蔵金探し」「無駄な出費を減らす」なんて、言われても
どこに、どんな仕組みがあるかは、官僚に聞くわけで、
自分たちが辛くなる資料をだしますかね?って思ってしまいますし、

自民党も「政権より政策」っていいますが、官僚にお膳立てされた
政策なんて、やっぱり、官僚にお任せであるとしか思えません。

話しは、突然変わりますが、
レストランのオーナー争いが起きているとします。
民主党という、外部からの新人オーナー希望者
自民党という、そのレストラン開設時から、延々とやってきたオーナー
株主のお叱りがあって、オーナーのチェンジを要求されました。

民主党は、経理に聞いて「コスト下がるよね?」
経理「もちろんです、○○って食材を▲▲に変えれば、
客に気付かれずに、コストダウンです。

自民党はシェフを呼んで「もっと、目立つメイン料理はないのかね?」
シェフは「ございますよ、▲▲っていい、素材がありますから、
きっと、グルメ雑誌に載ります」

実は、経理とシェフは▲▲を販売している会社から賄賂をもらっている。
なんて、ありそうじゃないですか。

わたしは、こんなレストランのオーナー争いに、興味がわきません。
かといって、選挙戦は始まりました。
誰が、本当に、安全で安い、美味しい料理を出すか、
気力を振り絞って、見守ります。

「行政」って組織、夢ですかね?
また、例え夢でも、実現に向かう意味がありますかね?
ありませんかね?



2009年08月16日 出来ること トラックバック:0 コメント:0

靖国神社 ~亡くなった方々を偲ぶ~

8月15日が、今年もきました。私の住む町は快晴です。

いわゆる「靖国問題」においては、今、生きている人達の考え、心情
などが、語られますが、亡くなった方々からの目線が論じられることは
少ないと思います。

確かに、靖国神社は、帝国海軍の肝いりでつくられました。
組織の出自が問われるべき問題もありますが、私は、日本人として
亡くなった方々の気持ちは、どうなるかを、出自の問題より、
重く考えることが、生き残った者の責務だと考えます。

「天皇陛下万歳!」「お母さん!」「靖国で会おう」
帝国海軍、陸軍の兵士の最後の言葉は、こういった言葉かと思います。

戦場という、死と隣り合わせ、敗戦目前では、死、しかなかった、
戦場で、最後に交わされた、戦友同士の言葉には、嘘偽り無く、
「靖国で会おう」と言った方々も、大勢いらしゃると思います。

戦争でなくても、死の間際では、何故、死ななければならないか?
誰だって、思うことでしょう。また、同時に、死後の世界があるなら
そこで、何を頼りにするのかも、また、大きな不安です。

最前線にいた兵士の多くは、敗戦することはわかっていたと思います。
神風は吹かないし、つぎの命令は「死んでくれ」という意味だと、
わかっていたと思います。
そんな不安な気持ちを支えてきたのが、死んでも、靖国で会える
ということではなかったのではないでしょうか?

私は、あらゆる戦争に反対し、国家が軍隊を持つこと自体、
非人道的だと言い続けています。

先の戦争も、総論としては、徹底的に反省すべきだと思っています。

しかし、先に書いたように、すでに亡くなった方々の最後の言葉が
「靖国で会おう」だったことは事実です。
この事実を考えると、靖国に関する、他国の干渉は、論拠がありません。

靖国神社が、あったから、軍国主義や、侵略戦争が
起きたわけではありません。
我々は徴兵された、普通の市民の死があって、今、生きています。
彼らの最後の言葉を大事にしたい、そうすることが、
最も、平和に近づくことかと思います。

新しい、戦没者慰霊施設の建設が検討されていますが、
まったく無意味です。
もし、霊魂というものがあるなら、彼らは、引っ越しをする
義務があるのですか?
私は、そうは思いません。
「死者にむち打つ」行為だと思います。

国際社会の中で、60年以上も、国民は、国家は、亡くなった方々を
慰霊することと、戦争責任を取ることを、もっと明確に区別して
国際的に、理解を求めるべきだったし、これからも、そうだと思います。

原爆死没者慰霊碑
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」
は、原爆の被害者だけではなく、戦争で亡くなった方々、全員への言葉だと、
私は、思います。



2009年08月15日 やるべきこと トラックバック:0 コメント:0

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。