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残された、被害者の家族の気持ち、とは?

宮崎勤死刑囚の刑が執行されました。

「やったことから考えれば死刑で当然」
「被害者の気持ちを考えれば死刑しかない」
この二つの言葉が、何の裏付けもないまま、横行しています。

死刑制度存続を訴える方々には、「被害者の家族の気持ち」
を考えれば、当然と言われる方が多いかと思います。

しかし、犯人が死刑になっても、「被害者の家族の気持ち」は
救われないと思います。ただ、収まりきれない気持ちの遺族に
「死刑」or「無期懲役」と、問えば「死刑」と答えるしか無い
ってだけでしょう。

人は事故や病気でも死にます。残された家族は、その際にもいます。
そんなときに、事故の加害者や、医師を「死刑」にと望まれますかね。
望んだとしても、そんな法は無いし、自ら実行すれば、
また、殺人者の家族が増えます。

私は、近しい人を、殺されたことは、ありませんが、自殺も含め
大事な人の死を経験しました。
何故、助けられなかったのか?と思うことはあります。
しかし、同じ事故は減らせても、死んだ人は帰ってきません。

結局、何かの折々に、少しずつ「死」を、受け容れていくしか
ありませんでした。

殺人で、大切な人を亡くした人に、僕のような死の受け入れかたを
押しつける気は、全くありません。

ただ、現実を見て、将来を語れば、人を殺すと思うほど、
誰かを追いつめては、いけないということかと思います。

そもそも、死刑になった人にも家族はいます。
その人たちと被害者の家族は、同じく、死を受け容れるという
困難な日々を強いられます。

そこまで考えなければ、殺人は減らないと考えています。
この考えって、単なる思いつきですか?
エセ、ヒューマニズムですか?

私は、誰にも、予期せぬ死が訪れないことを願っています。
それでしか、残された家族の気持ちは、救われないと思います。

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2008年06月20日 考える トラックバック:0 コメント:0

オタク、マニア、趣味

これを、お読みの方は「宅八郎」という名前に覚えが無い方が
多いかと思います。まあ、元祖「電車男」ってとこです。

センスのない服装、やや長い無精な髪型、手提げ袋、
という姿=オタクは、宅八郎氏の姿からきたものかと思います。

そもそも、オタクという言葉は、人間関係が苦手な男性が、二人称を
すべて「オタクは、さぁー」と言ったことに由来すると言われています。

「ご趣味は?」という言葉は、お見合いの席で、一言目に使われますが、
答えは「読書や映画鑑賞…」が定番でよね。
当たり障りのない、やりとりとして、この言葉が
定着したのだと思いますが、そもそも「趣味」って、
みなさん、お持ちですか?

実際のところ、学生なら合コンや、ディズニーランドという「遊び」
仕事を持つと、接待や残業で、独身なら、定食屋で一杯、という「休憩」
家庭を持てば、家に帰って発泡酒とスポーツニュースを見る「休憩」
主婦は、そつのない近所付き合いと、何かのキッカケで、グループに
入れれば、ホテルのランチや、ケーキバイキングにいく「お付き合い」

人に「趣味は?」と聞かれて「○○です」って答えると
「へぇー!?」って返答が来て、その人の頭のなかでは
趣味→マニア→オタクって、定着していると思います。

話を戻すと、オタクは、趣味がある人ではなく、人間関係が苦手な人
っていうところからきました。
趣味があっても、人間関係に支障の無い人が大半ですし、
オタクだって、一言目が切り出せなくて「オタクは…」っていうだけで
会話が続けば、普通に話せます。

マニアは趣味への時間のかけ方、お金のかけ方、方向性が
同じ趣味を持つ人からみても、桁違いな人って、気がします。

何で、こんな言葉の定義を確認しているかと言えば、
無論、先日の秋葉原無差別殺人が、あったからです。

「電車男」で、随分と認められたオタクですが、
そもそも、誰だって、人間関係には、多少の悩みはあるかと思います。
ただ、その悩みを聞いてくれる人、お節介やいてくれる人、そんな人が
いて、気持ちの整理がつくだけかと思っています。

最近、電車に乗って、ゾッとするのは、数十人いる乗客の大半が、
携帯を、眉間にしわを寄せるかのように、見入っていること、
街を歩いていて、肩があたり「ごめんなさい」って言っても、
相手はヘッドフォンをしていて、何処も、誰も見ていないことです。

結局、都会に住む人は人間関係では「オタク」なんだって思います。

同時に「遊び」や「休憩」はあっても「人間関係」は無い、
せいぜい「お付き合い」、そんな人が多いと思います。

加藤智大容疑者も、ニュースで聞き取った情報では、
人間関係が苦手ではなかった、少なくとも、高校で成績不振になり
進路に迷い始めるまでは。

職場の同僚は、真面目な人でしたと答えていますが、
それは人間関係が確立していた訳ではなく「お付き合い」があっただけ。

彼は、何時から「オタク」になったのか、
秋葉原に通う「趣味」を持つ人たちでは無く、
人と接することが出来なくなった
「オタク」になったのか、考えています。

短絡的かもしれませんが、
「都会に住む人は人間関係では「オタク」なんだって思います」
という予測があたっているなら、
都会に住む人たちには、何かのキッカケで、加藤智大容疑者と
同じ、ことをする可能性が大です。

何故、加藤智大容疑者が「オタク」になり、その上で、犯行に及んだ事
を考えることは、我々、都会に住む人たちが皆、
考えるべきことかと思い始めています。

加藤智大容疑者は「つなぎ=作業着」が無くなったと言って
暴れたそうですが、本当に無くなったのでしょうか?
仕事を首になると言われ、朝令暮改で、契約延長と言われれば、
誰だって、不安に思います。
つなぎの件は、彼が不安をみんなに伝える術を無くした「オタク」
として「俺は不安なんだよ、みんな、将来に不安はないのかよ!?」
っていう変わりに、暴れたってことは無いのでしょうか?

みなさんにとっての「つなぎ=作業着」ってなんですか?

2008年06月20日 考える トラックバック:0 コメント:0

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